北千住
街歩きの基本はその街の成り立ちから、アプローチする。
近年、この街は変貌を遂げようとしている。
駅前の商業施設、大学誘致。
でも数分歩けば、以前の街が時間の片隅にある。
どの表情が、この街に相応しいのか。
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街歩きの基本はその街の成り立ちから、アプローチする。
近年、この街は変貌を遂げようとしている。
駅前の商業施設、大学誘致。
でも数分歩けば、以前の街が時間の片隅にある。
どの表情が、この街に相応しいのか。
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今日の夕食、ローストビーフ。
レシピ通りにつくりました。
ソースの調味料の分量。
肉の焼き時間。
フィルム現像を思い起こさせます。
主に使っていたのが、D76現像液。
元はコダックの処方ですが、写真学生は処方箋を憶えされられ、実際に試験に出ました。
メトール、何グラム。ハイドロキノン、何グラム。その他は何か。
天秤量りで、調合もしました。
現像液の液温、時間の管理。
結果はシビアに出ます。粒状性、コントラスト。
お肉の焼き方も温度管理、時間でローストビーフはシビアです。
今日の焼き加減は、自分的には合格点です。
もう一品はブイヤベース。
スーパーの食材で魚介の雑多煮ですが、スープはエキスが溶け出し旨し。
結局、料理することも写真を現像することも一緒だと言いたいのです。
写真の現像はデジタル化したことで遠ざかっています。
フィルムは8X10まで現像してましたので、自信はあります。
仕事で毎日、タンクで100本ぐらいはしていました。
失敗は許されないので、緊張感は今でも忘れられません。
デジタルの1つの要因は、この緊張から解放されたことだと思う。
その分、写真の醍醐味も無くした様な気がする。
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今日は学園祭日和。
息子の通う大学は日本で一番があるそうだ。
誇らしげ、自虐的に、最寄り駅より一番遠い大学。
確かにバスで行くと、料金がドンドン上って行く。
山岳料金だそうな。
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東京は吉原にある天丼屋さんです。
撮影は6月末、大変暑い日でした。
こんな日は天丼、それも丼ぶりから天ぷらが、はみ出しているもの。
どっかのチェーン店の天丼とは、大違い。
値段も大違いですが、比例させると変わらなかったたりしますが、
東京の下町の天丼は好みが分かれます。
丼つゆが濃すぎで、素材の旨味を消しています。
揚げ油も、ゴマ油の風味が気になり、美食の観点からは外れます。
でも、これがソウルフードです。
この味は下町に生まれた人間に埋め込まれた味覚です。
心で感じとる味覚です。
決して舌では、味わいません。
たまに、この味が恋しくなります。
この味を確認するために。
自分を確認するために。
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酒屋さんは、昔は店先に縁台とか置いて立ち飲みで、お酒を飲ませていました。
缶詰、肴に一杯。鯖の味噌煮缶が好きです。
ここまで書いて何ですが、当然と思っていた風景は実は、ローカルな事だった。
酒屋が立ち飲みで、店先で飲ませていたのは、限られた地域での事らしい。
店先で、立ち飲みをする様な客層が減って、今では失われた風景になってしまった。
父親も、酒屋の立ち飲みの常連客だった。
お酒も肴の缶詰、乾き物なども店の小売価格で飲み食い出来たために安価で、
楽しめた。
気の利いた肴は、置いていないが。
日常の憂さを晴らすのに、格好の場所だった。
そんな酒屋もいつの間にか姿を消してしまった。
店の前を通った時の強烈なアルコール臭が懐かしい。
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街を歩いているとハングル語の看板が目についた。
この街には、特に気にしないが、よく見たらパチンコの宣伝だった。
韓流ブームもパチンコが便乗するのも違和感を感じながら、
文字をキーワードに撮影。
昔、横浜の埠頭でハングル文字の貨物船が気になり、撮影していたら
警察官が跳んで来た。
船から通報があったそうだ。
即、撮影は取止めさせられた。
警察官の対応は紳士的でしたが、
皇居の石垣の写真を撮っていた時は、警察官の対応は大変横柄だった。
一般参賀の時もカメラを持っていると警戒されるらしいが。
ナーバスな時代だったのか、今はパチンコ台に、この文字を使っている。
ちょっと複雑な感じ。
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「エロかっこいい」倖田來未、パチンコ屋さんによく似合う。
雑多なイメージが好き。その街を一番凝縮している。
昔は地方に行くと必ず時間潰しに入っていた。
まだ手で弾く時代で、少額でも時間を過ごせた。
そこに集まる人の雰囲気から街の空気を感じる。
懐かしい響きが耳の奥から聞こえてくる。
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本日の街は葛飾区立石。
こんなオヤジさんが似合う街。
私の街の風景で必ず撮る洗濯物。
生活を一番感じさせる。
やっぱり、学校の帰り道はたこ焼きさんに寄る。
正しい学生の交際。同じ歳の子供を持つ親の気持ち。
夕暮れの街は抒情だ漂う。
昭和の匂いがする。
証明写真BOXに貼られたポスター。
私への当て付け。
キレイなものは他の人に撮って貰えば良いと思う。
私の視線はこの中身が気になってしょうがない。
ファッションもキレイなおねいさんより、オヤジさんから買いたい。

やっぱり目に付くのが御惣菜屋さん。品揃えが充実しています。
これぞ庶民のためのお店。スーパーマーケットにはありません。
この季節はおでんで一杯。いい味が出ますよ。
個人的にはつみれとコンニャク。
練物は結構高価になりますね。
おでん屋って高級店もあるし。
店の脇では食材の仕込み。
このサイズは何に成るのでしょうか。
キャベツも欠かせない。
段ボールのままで売られている。心粋を感じます。
そろそろ飲み屋さんも開店の時間。
秋の夕暮れは早い。
どこかのカウンターで羽を休ませたい。
実は今、この街が一番応援している人は内藤大介。
ジムも自宅も近所で、この店のおやっさんに内藤の貴重なポスターと見せられました。
亀田のジムも同じ区内なので、ここは夢を掴む場所なのか。
この街は私の好きなつげ義春の生まれたところ。
私の作風は、つげが原点かな。つげも写真を撮っている、一時期は中古カメラの売買のため
古物商の免許も取っている。
学生の時に夢中になった五木寛之「青春の門」の信介が、血液銀行に血を売りに来た街。
自分の血をお金に換え、栄養をとるためにもつ焼き屋に立ち寄る。
この街にもつ焼き屋は無くてはならない存在。
しっかりとした鼓動が伝わってくる街。
立石。
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平日のまだ3時、もう並んでいる。
葛飾立石のもつ焼き「宇ち多」
ここのお店はメニューらしきものはありません。
事前にパソコンで検索して注文の仕方を憶えて行ってください。
まず飲み物は、梅わり。
オヤジさんが焼酎の一升瓶を手にテーブルを廻っています。
おもわず梅わりを注文、おもむろにグラスに焼酎をメイッパイ。
そこに梅エキスらしき瓶から液体を加える。当然、グラスからお皿にあふれる。
これが酒飲みには堪らない。
お皿にこぼれたお酒は程よく飲んでから、グラスに移します。
今日の注文は煮込み。
そこらの煮込みと違いモツのみです。
豆腐とかこんにゃくとか余計なものは一切なし。
豚の何か色んなところが入っている感じで大変美味。
焼き物は本日の私は、あぶらとかしら。焼き方、味付けの注文が出来ます。
あぶらだと生とか、若焼きとか、良く焼きとか。
味付けは塩、たれ、プラスお酢。
私はシンプルにあぶら、かしらの塩で。
深みのあるモツです。
とかく日本人は内臓肉を軽視しがちですが、肉の旨味を感じるのはモツが一番です。
部位による味の豊富さは、楽しいです。
次の注文はナンコツ、塩で。
これも堪らない美味しさ。
ナンコツは歯ごたえ重視みたいな所がありますが
ここのはしっかり肉の旨さも伝わってきます。
本日は梅わり2杯、かしら、あぶら、なんこつ各2本づつで1,080円。
じゅうぶんにお酒もまわり、この値段。さすが葛飾です。
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今日の夕食。
豚ヒレ肉、イカ、海老、たまねぎのミックスフライ。
パン粉を粉状にまぶし、薄い衣に仕上げます。
その分、油の吸収が抑えられ、カロリー控えに。
丸く大きくみえるのも、たまねぎのフライ。
美味しくいただきました。
調理バイ妻。
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空に飛行船、ツェッペリンNT号。
何とも優雅な乗り物だろう。
これなら空に浮かんでいる理屈にかなう。
決して乗りたいとは思わないが、見ている分は楽しい。
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本日のテーマは「もんじゃ」
私も妻も下町生まれなので、共通の原体験はもんじゃ。
子供の頃、数十円を手にもんじゃさんに行った。
駄菓子屋さんの奥に鉄板が1つ置かれ、薄く溶いた小麦粉にキャベツと揚げ玉が入っているのを
焼く。分かりやすく言うと、お好み焼きのタネを水で10倍ぐらいに薄めると近いイメージになる。
私のお気に入りの店は、表からは普通の民家、引き戸を開くと目の前に鉄板が置かれていて、看板1つ無いので隠れ家的なお店。
我が家は贅沢に、干しえびとするめいかと焼きそばの麺を細かくして入っている、当然、キャベツも。
出来上がりがこんな感じ。
水分が多いので、お好み焼きみたいに固まりません。
はがしと呼ばれる、返しの小さい奴にを使って具を擦りつけて食べます。
決して箸やスプーンでは食べられません。
見た目を完全に拒否した食べ物です。
いささかも、美味しいらしさ感じさせない。
でも、ソウルフードなので自分的には美味。
昨今、中央区月島でもんじゃの街みたいなアピールしてますが件数的には荒川区がダントツとのこと。
荒川区の郷土資料館みたいなところで、もんじゃをテーマに企画展をしていました。
歴史や道具の展示、食材の紹介など。
極め付けは、資料館の前でテントで実際のもんじゃを焼かせていたこと。
なんと粋な企画展でしょう。
最後はおせんべい。鉄板に張り付いたもんじゃが薄くキツネ色した副産物になります。
味がソースベースなので実に香ばしいおせんべいになります。
まず、この作り方を知らない人も多いと思います。
お店で食べるもんじゃは高級品なので、濃度が高いために薄く焼けません。
お店のもんじゃはお水でのばし、ソースを足してご賞味を、
お店のもんじゃは高価、具も豊富。
ソウルフードのもんじゃは大変シンプルイズベストです。
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今日は写真が無し。
学生時代を振り返る。
三十数年前に写真の大学に入学。
当時はまだ写真に力があった。
元気だった。今の写真は力が抜けたと言うか、表現の幅が広がった。
目を向けない対象にレンズを向けるようになった。
それが、面白いかは別問題。
当然、花鳥風月にレンズを向ければ、見る側は安心して観る。
でも、何故、ここでシャッターをおしたのか、理解不明の写真の前では
立ち止まる。
想定外の写真を見せられた側は、理解のしようがない。
自分の尺度で、理解しようと努力する。
これは撮影者と鑑賞者の対決であり、どちらかは勝者とならなければならない。
1人よがりに成らなければよいが。
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これが何か分かる人が何人いるか?
答えはコダックのフィルムケース。
決して特別の物では無く、30年前には普通に売られていたコダック製のフィルムが入っていたアルミ缶。
実は私もこれが最後の1つ。
普通に売られていたので、気にもせず捨てていた。
それがいつの間にかポリ容器に変わっていた。
この時代のフィルムは高価だった覚えは無いが、と言うか、当時の写真学生は1本でフィルムを買っていなかった。
100フィートロールフィルムを買ってきて、自分で36枚撮りようにカットしてパトローネに詰めていた。
当然、これようのフィルムローダーも売られていた。
結構、器用な事だと思うが、当時は当たり前。
ちなみに100フィート缶もアルミ製だったが、この空き缶は残念ながら残っていない。
写真を撮るときにフィルムのいらない時代が来ることを予想していなかった時代。
印画紙がバライタ紙しか無かった時代。
プリントの美しさを最後に体感した時代に乾杯。
今、考えると大変羨ましい時代だった。
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先日の日曜日、珍しいものを観た。
偶然に通り掛った柴又八幡神社のお祭り。
帝釈天に程近いのに、こちらは観光客は目を向けない地元の人のお祭り。
由緒正しい獅子舞を奉納していました。三頭の獅子と猿の演者。
厳かな雰囲気で、見応えのある演目です。
聞けば疫病が流行った時に村を練り歩いたそうだ。
インフルエンザが流行っている時に格好の行事では、あるまいか。
祭と言うのに、境内に夜店が一件も出ていないところが、また良し。
地元の人しか集まらず、テキヤさんも商売に成らないそうな。
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葛飾区柴又「山本亭」区の観光施設です。
カメラ部品製造で財を成した方のお屋敷が公開されています。
カメラ好きには堪りません。
別にカメラ部品が展示してあるわけではありませんが、下町は町工場の街。
近くにレンジファインダー専門の修理屋があったり、隣りの足立区にはペトリカメラがありました。
ペトリカメラをご存じの方も少ないと思いますが、ボデイフロント斜め45°にシャッターボタンの付いた
独創的一眼レフを造っていました。
今は無きカメラの名機達をキンモクセイの香りと友に思う、秋の一日。
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葛飾にもう一人の有名人、葛飾柴又の寅さん。
実は私もこの像の設立には寄付をいたしました。
台座に寄付をした方の芳名帳が、収められています。
当然、私の名前も、金額はひ・み・つ。
柴又の楽しみ方。
食べ歩きグルメ。
美味しい物がたくさんあります。
本当に「こころぶとと」と書いてところてんって読むんだ。
心太はテングサから作っているから海の味がする。
田中好子のお母さんが、かわいい。ちなみに彼女の出身は隣の足立区北千住。
寅さんと言えば、お団子屋さん。
おばちゃんが美味しそうなお団子焼いてます。
映画に出て来るのは草団子ですが。
おばちゃん役は、ずっと三崎千恵子さんだった。
おいちゃん役は3人ぐらい変わってました。
個人的にはやはり、森川信さんに一票。
今回、初めて発見は漬物屋さんのキュウリの浅漬け。一本150円。
バナナチョコの大人バージョンと呼ぶか、ビミョウ。
お煎餅の一枚買い。
食べ歩きグルメに欠かせない一品。
柴又では、あまり見受けないが。
帝釈天の参道はこんな感じ。
それなりに風情のある所。
寅さん人気に支えられていたが、渥美清氏も亡くなって10年以上経ちました。
私の記憶の中では高校生の時に友人が柴又に居ましたので、遊びに行くと
そこかしこで、映画のロケに遭遇しました。知人はそのまま声を掛けられて
エキストラで映画に出演までしてしまいました。
高校生の目にも、当時の賠償千恵子さんは綺麗だった。
佐藤我次郎さんは二十数年前に新婚旅行先のホノルルのラーメン屋さんで遭遇した。
渥美清氏は晩年、代官山の彼の事務所が取引先と同じフロアーにあったので
たびたび遭遇した。プライベートを一切表に出さない渥美氏の一面を見ることが出来たのは
貴重な記憶です。一般に言われる、物静かな紳士でした。
帝釈天の境内ではカメラ倶楽部の撮影会が行われていました。
お寺を舞台にモデル撮影、理解できないのは私だけ。
さすがにみなさん立派なカメラをお持ちで、カメラ業界がこの方たちで支えられているかと、
以外にみなさんストロボもしっかりデフュザーまで付けてお持ちでした。
私みたいにお散歩カメラにあそこまで大荷物は、体力が持ちません。
こんなことも行われていました。
帝釈天は庚申の日が縁日なので、お猿さんも縁起ものです。
今日は良い巡り合わせの日です。
境内はこんな感じ、結構、のんびりしています。
もともとこの辺りは東京近郊の農村みたいな所にあるお寺でした。
俗に言う下町でも解釈が違えば、立派な田舎。
なぎらけんいちの名曲「葛飾にバッタをみた」の舞台ですから。
そのまま江戸川に歩いて行くと、ゆったりした気分になります。
それこそバッタをさがしてみては、のんびりと。
ごぞんじ矢切りの渡し。
東京でこんな乗り物が残っています。
観光目的もありますが、料金が100円。
向こう岸は千葉県松戸市。
ほんとうにのんびりした街です。
葛飾は。
川風に吹かれに来ませんか。
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葛飾区公園前派出所は無いです。
駅前交番横の両さん像。
おじさんにも人気。
亀有に両さん像は2体あります。
北口と南口。
こちらは制服姿、右側に葛飾署のおまわりさん。
事件ですか?颯爽と走って行きました。
おいしい写真ありがとう。
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朝の台風の影響で、子供達は休校。
息子は八王子の大学へ通っているが、朝早く家を出て、新宿までは辿りついたそうだ。
結局そこまでで、電車は止まり、大学も休校を決定。
昼前に戻ってきた。
娘は10時まで自宅待機、結局、休校。
ちなみに我が母校、日大芸術学部は昨日、休校を決めている。
さすがである。
私は家に居て、ベランダから流れる雲の写真を撮っていた。
当然、雲の写真と思いきや、何故か今日の一枚はこの写真。
台風の去った後の日差しが感じられる。
つくづくへそ曲がりの写真を撮る自分に呆れる。
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この日の目的は関東初出店・仙台牛たん「利休」で食べること。
場所は越谷レイクタウン。
東京で食べる牛たん定食は嫌い、美味しくない。
銀座にも仙台牛たんと謳った店があるが、偽物とあえて言う。
それは仙台のものとあまりにもかけ離れていた。
それでは仙台の牛たんとは何か。
まず厚さの違い、肉の熟成の違い。
かの地で2年前に食した時はアメリカ産、お店も別ですが。
狂牛問題で牛たんの輸入が少ない中、貴重なものだったのでとにかく美味。
今回はオーストラリヤ産であるが、味には問題ない。
もともと、ホルモンと一緒で捨てられていたものを食べる工夫で根付いたものなので
あえて和牛とかは言わない。高級食では無く、庶民も食事だから。
美味しく頂く工夫の元で出来た料理なので、シンプルで誤魔化も通用しない。
まずは本物の牛たんが関東で食せることに感謝。
地元の方の異論があると思うが、東京の牛たんを食べてから反論頂きたい。
いかに彼の地との違いに理解頂くと思う。
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東京は台風の影響で雨。
車の助手席で移動、カメラを向ける。
煙突。

タンク
商家
中古車屋
外環
木
撮影する時、徒歩の速さでイメージを決めていくので、ある方向性は決まる。
立ち止まって考えることも出来る。
車の移動では速さは自分の意思で変えられない。
次から次に飛び込むイメージを受け止める。
シークエンスのもたらすイメージはセレクトで自分のイメージの遊びで終わる。
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この日のテーマは、異人たちと遭遇することだった。
わざわざ、銀座線で浅草に向かう。
我が家からは東武線、つくばEXで行くが、この日は銀座線浅草駅からの
スタートがポイントになる。
薄暗い浅草駅から地上に抜ける階段は重要な要素だ。
いきなり出鼻をくじかれた。浅草駅が改装され、明るいイメージに変わっていた。
諦めず浅草の街を歩く。何時、遭遇するであろうか楽しみに。
自分の中の浅草は数十年前の記憶を辿るコースと自然に足が向く。
当時が一番衰退している時期で、異人たちにたくさん出会えた街だった。
多くの景観が変わり、異人たちも姿を消したのか、居づらくなったのか?
偶然入った、テプコ浅草で、異人たちが生息していた時代のジオラマに出会った。
当然、この世界は存在しない。でも、異人たちと遭遇したいと思った人が制作されてことに
感謝しながら、異人たちとの夏を楽しむ。
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十五夜は雲がかかって見えなかった。
十六夜はベランダにニコンデジカメにレフレックス500mmのレンズを付けて撮影。
イメージセンサーのサイズで750mmクラスの超望遠レンズのため、ブレとボケで、
アップ出来る写真ではなかった。
たまたま14日に撮影した月の写真をアップ。
街から眺める月は、こんな感じ。
アンセル・アダムスのヨセミテの写真集を観ながら記す。
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ユージン・スミスに希望に向かって行く子供達の後ろ姿の作品あるが、
初老の男の後ろ姿は哀愁を感じる。
スミスは絶望の果てに見出されて観た風景が自分の子供達だった。
この時代の写真家は生死を見つめながら写真を撮っていた。
今の写真家が制作の方向性が見えないのは、生きることを
見出せないから。
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ライカM8でセルフポートレート。
お散歩カメラはライカM8とパナソニックGF1。
テレビでカーナビの開発者の話を観た。
30年前に目指したのは自動操縦の車。
カメラもオートフォーカスは30年前にも製品としてはあったと思うが、
実際、ピッカリコニカには驚かされた。
今では、顔を登録してカメラがその顔を追ってピントを合わせてくれるまでになった。
GF1にも機能はついているのだが、登録したい人物がいない。
たぶんその機能は使わずに終わってしまうと思う。
カメラもこれまでかと言うくらいに、自動化した。
究極は目で見て、瞬きをすると映像が記憶されるカメラと言うか
昔、観た映画にあった。
写真はどこにピントを合わせるか重要なので、ライカM8も手放せない。
少しは考えながら撮影したい。これ以上、頭が悪くならないように。
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今回のお題は家から、徒歩。
まずはどう考えても、狭いラーメン屋さん。
絶対、カウンターのみのお店。
一瞬、驚きました。こんな所で犬飼うな。
動物繋がりで、鯉。
実はこの鯉にある物を与えて、逮捕される事件がありました。
その事件の現場です。
事件繋がりで、脇が東京拘置所。
現在、工事中。
あまり変な写真ばかりで、イメージダウン避けられない。
今日は定休日のこち亀のロケに使われた駄菓子屋さん。
これぞ下町。
下町でも、ついこんな家に興味を持つ。
だんだん日も暮れてくる。
この街は川で隔離されている。
青信号です。
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墨田区向島辺り。
緑の先に見えるのがスカイツリータワーの建設現場。
この撮影は今年6月なので、今頃は本体の一部が表れている頃だと思う。
タワー完成後はこんな風景もあったかなと、過去の記録になり、記憶に残る。
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ライカM9が発売になり、プログに写真がアップされだした。
M8所有者には悔しい思いが少なからずある。
M8.2と価格が一緒なので、別のシリーズと考えるのか。
デジタルカメラの進化を考えれば当然なのか。
我が家のデジタルカメラ一号機は25万画素、30万円だった。
決して画素数も値段も間違っていない。
十数年前の話。
プリンターもドットが目で分かる点々状態。
今の画質では想像出来ない、画像処理もMacが追いつかずにいた。
デジタルカメラバックも900万円の製品もあり、日本でも数台の販売実績があり
その内の一台に遭遇した。
30年前の学会誌にはデジタルの将来の展望の記述あり、現在はそれを実現していると
思われる。
当時の大学の講義ではデジタル化についての話は遠い未来のことで、現実感は湧かなかった。
当時の作品制作は当然、フィルム。
当時、ホログラフィーのアート作品の展示が西武美術館であり、興奮し、何回も通った。
映像表現としての可能性を感じた。
いつの間にかホログラフィーも姿を消し、より鮮明な3D映像が可能になった。
進化は歓迎すべきことなのだが、すなおに受け止められない。
今回はM8で赤外線写真を載せてみた。
フィルムの時代、赤外線フィルムで作品制作をしてので、
ここまで簡単に撮影出来てしまうので、制作過程の有難味がないが、
当然、現像するまでのワクワク感も無い。
ところでライカM9では、赤外線写真は撮れるのでしょうか?
撮れないのであれば、M8の所有の意義が生じるのですが。
ちなみ25万画素、30万円のデジタルカメラはゴミで処分しました。
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カメラを持って街を歩く。
どんな光景に遭遇するかは、その日の運次第。
写真自体は何の手も加えていません。ただのモルタルの壁に影が落ちてるだけ。
でも何か作品風。
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知人より大量の栗、届く。
今夜は栗パーテー。
パリの冬は寒い。
路地の焼き栗屋で栗を買い
コートのポケットの中に入れ、暖を採り
時たま、口に栗を入れ、空腹も満たし。
道行く人にカメラを向ける。
日が傾き、手持ちではツライ。
アッジェのごとき背を丸め、安宿に戻る。
冷たい風にふれながら、
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実は浅草は滅んでしまい。昔を懐かしんだ人がジオラマを創り売っています。
隔週発売で、創刊号はもちろん雷門提灯セット。定価880円。
2刊以降は1,680円。最終刊までお買い求め頂くと、1980年代の浅草が今、精巧なジオラマで甦る。
もちろん中国人、台湾人、韓国人、アメリカ人、フランス人の観光客フィギヤ10,000付き。
シークレットで、ホームレスフィギヤ200体付き。
日本人フィギヤは別途、ご相談ください。セーラー服の修学旅行生、希望の学校の制服でお創りします。
スケールサイズは1/150.。浅草寺が中心で半径1kmの往年の浅草が甦ります。
下町シリーズ第2弾は、吉原。ライトアップにこだわり、部屋を暗くし闇に浮かぶ不夜城を思い浮かべてください。
下町シリーズ第3弾は、荒川青テントハウスジオラマ。内部の再現は圧巻です。オプションで回収したアルミ缶を積んだ自転車付き。青テントの脇に配置して頂くとリアル感アップ。
なーんて商品あれば、売れるかな。
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いろんな写真を観てると、結構ネタ元みたいのがみえる。
観ていて、ワクワクだったり、高揚感だったり、何か訴えてくる感情が湧かない。
私の表現法、うまへた写真。何を撮っているか判らないし、
極少数の人が、あなたの写真好きですと言ってくれたら至高の幸福。活力。
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8X10、撮影するフィルムサイズです。
機材総量10キロ以上。それで徘徊する。
今回は花鳥風月禁止。このサイズだと安易に走るテーマを禁止。
本当にデジタル時代に逆行する楽しい写真展です。
プリントサイズもでかい、会場も広い。
一見の価値あります。麻布十番に行ったら、ぜひ。
でも26日(土)までです。
私の知人が参加しています。
プロのプリンターなので、今回はプリントで遊んでいました。
ついでに彼の職場にお伺いし、暗室でワンカット。
引伸ばし機が珍しい時代になりました。
ここの暗室は薬品の匂いが感じない大変、管理の行き届いた暗室です。
私は暗室の匂いと、あの暗さが嫌いでした。
早い時期にデジタルに首を突っ込んだのもそれが理由です。
麻布十番には六本木ヒルズのお膝元なのに、こんな風景もあります。
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「工場萌え」と言う写真集が出た時、そうかと思った。
無機質な風景に癒しを感じる人がいることを。
人が何を観て、如何感じるか?
やっぱり写真は楽しい。
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2か月ぶりの更新。
最近、荒川の河川敷を自転車で走っています。
目に付くのが、ある集落。
一つの生活エリヤを確保している。
この地域は昔はある別称で呼ばれていた所で、今日と状況は変わっていない。
むしろ悪くなっているのか?
真ん中が玄関。その奥に別の家があります。
最初の集落も実は数日前まで、葦に覆われていました。
ところが草刈りが行われ、集落が表れてきました。
ひっそり暮らしています。
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我が家から見る墨田川花火大会。
直線距離で6キロ程離れているので、望遠でやっと捉えた。
レリーズが無い、三脚が軟、風が強い、お酒が入っている。
以上の条件を満たし、見事にブレテいる。
まあ、これはこれで、良しとしよう。
先日の足立の花火は、2キロ程離れているが、建設中のマンションに阻まれ3分の1しか見えなかった。
これはまた、オツであり夏の風物詩なので、見物人にまみれないので良しとしよう。
都合良く生活すること。
これが私の生き方。
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また一ヶ月ぶりの更新。
燃え尽き症候群。
雑用に追われて、カメラを手にする機会も減っている。
実はミノルタのMロッコール28mmのマウントをはずしてしまい、元に戻すのに2週間を費やした。
マウントに溝がありレンズ本体と連動していた。
距離計が連動しなくなった。
ライツミノルタ用の90mmはマウントに溝が無いために、すんなり収まり、あらためてCL用レンズとCLEレンズの違いに気付いた。
なぜ、そんなことをしたのか、
ライカM8にMロッコール28mmとつけると、90mmのフレームになってしまう。
撮影時にセレクターレバーを指で押すと、28mmフレームになるので、いささか面倒。
実につまらない事に時間を過ごしている。
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更新が1ヶ月ぶりです。
写真展の準備で、多少忙しくしていました。
それと他のことに興味あり、プログがら離れてました。
実は写真展も2週間目に突入。
詳細は下記にアクセス願います。
http://dc.watch.impress.co.jp/docs/culture/exib/20090618_294673.html
おかげさまで、連日来て頂く方が多く、お話は一杯聞けて楽しいです。
自分で話すより、お聞きする方が楽しいです。
毎日ギャラリーに居りますので、声をお掛けください。
28日、午後4時までです。
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病室の窓から見える、この洋館が気にはなっていたが訪れる機会を逃していた。
やっと、近くに所要あり、時間も空いたので訪れた。
建築は好きなので、時間を忘れる程、堪能した。
この洋館は当然、古い分、歴史に関与している。
私の住まいの近くに、戦後の未解明事件のひとつ「下山事件」の現場がある。
昭和20年代に国鉄の下山総裁が行方不明になり、常磐線、綾瀬付近の線路上で轢死で発見されたことです。
自殺、他殺等、未だに議論分かれ、真実の究明がなされていない。
ただ噂としてアメリカ軍の情報機関、通称「キャノン機関」の関与も話題になる。
判明した活動だけでも、日本の占領政策の闇の部分に影響を与えている。
現在、岩崎低庭園として一般公開されているこの洋館は、実はキャノン機関の本拠として使われ、本郷ハウスとも呼ばれた。
建物はその時代ごとに使われ方が違う。華やかな時代、暗い時代。
建物の内部の闇の中にふと、時間の忘れものを見つけることができるか。
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学生時代は時間があったけど、お金が無い。
上野や新宿から夜行列車の旅になる。
目的に早朝到着して時間が有効に使えた。
新宿駅、中央線のホームは登山服に身を固めた一団が多く
カメラバック一つの旅人は珍しかった。
当然、寝台では無く座席での旅、自由席の確保も容易ではなかった。
2時間前に行きホームで並んだ。
まだ列車の旅に活気があった。
ちょうどディスカバージャパンの広告の時代だった。
どんな形にしろ、旅をする人が多かった。
夜の闇の中で時たま通り過ぎる民家の明かり、踏切警告音。
小腹が空くと、わずかな停車時間にホームの売店に走る。
午前0時頃だと思うが、夜行のお客を目当てに開いていたと思う。
駅弁を間違えて、あわてて買ったのが和菓子の土産で食べるのに甘くヘキヘキした。
早朝に目的の駅に付き、ホームの水道で顔を洗う。
固いシートでの旅の疲れを癒やしてくれる。
一休みしたら、別の列車に乗換えて、また移動する。
確かGWの時期に行ったときは客車が大変は混雑で乗ることが出来ずに郵便車に乗せられた。
法令でどんな扱いになっているのか、不明だが、リンゴの箱詰めの間に身を細めて座った。
当然、座席など洒落たものが無く。本当に郵便物扱いだった。
今にしては、よい思い出だし、これ以降、この様な経験も無く。
夜行自体、利用者が減少し、本数も無くなった。
最近は130円で房総半島一周の旅が話題になっている。
要点は切符の特例で、特定区間ならば路線が重複しないで一筆で回ると最短料金で計算されるとのこと。
途中下車だ出来ずに列車に乗ったまま。駅から外に出ることが出来ないので、車窓の旅を楽しむことになる。
130円と究極の料金で列車の旅が出来るとは最高の贅沢。
ただし入場後の長時間乗車は降りる時に、自動改札は通れずに駅員に、長時間の乗車と経路の説明する必要があるそうです。
たいてい駅員からは呆れた眼差しで見られ、本人の達成感でこの旅は終わる。
機会があれば挑んでみたい。その時はプログで詳細を報告する。
または若い女性より、ぜひやって下さいと励ましのメールを頂いたら、直ちに実行する。
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五月の空は鯉のぼりがそよ風と友に泳いでいたのに、すっかり東京では見なくなった。
鯉のぼりを揚げる場所が無くなったと言えばそれで終わりですが、何か違う形で伝えれば、業界の人も、もっと企業努力してみたら、でも鯉のぼり業界自体が無かったりして、
と思っていたら、写真業界のここ数年の様変わりはすごいです。カメラメーカー、用品メーカー自体、無くなったり販売店も縮小、量販店もカメラと名前だけで売られている商品はカメラ関係以外が大半でカメラコーナーを捜すのがやっとです。
だんだん写真と言うものがマイナーになってくる。
そう言えば長尾靖さんが亡くなったことが新聞に出ていました。
日本最初のピューリッツァー賞を受賞した方、
その後は毎日新聞社を辞めフリーでお仕事されていたこと。
この方の話は沢木耕太郎の「テロルの決算」に詳しく書かれています。
お亡くなりになった時は死後、数日経っており、親族が分からずに捜していること。
写真が光輝いていた時代の終焉を感じました。
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その写真をプリントするように頼まれ作業に取りかかったら、先日から恐れていたことが、起こりました。
プリントしている時に異音が気になっていたのが、ついに現実に。
このプリンターは購入時より細かいスジに悩まされ、あまり使わなかった。
メーカーのショールームの写真も細かいスジが、確認ができた。
ショールームの写真にもでているので、この程度の製品と諦めていました。
ある日、偶然に上野を歩いていると、そのメーカーのサービスセンターに出くわした。
ダメ元で、サービスセンターに飛び込み事情を説明すると応対に出たスタッフの話だと、ノズルブロックの問題とブロックごと頂けた。
ただ口頭で説明しただけなのに、部品として購入した場合は1万程度の金額になるのに。
帰宅して言われた通りに部品を交換、見事にスジは消えていた。
購入以来のストレスは一気に解消した。
このサービスセンターはプリンターのサービスセンターなのでカメラの部門と違います。
問題点はこのメーカーのショールームはカメラ部門中心で、プリンター自体は別の事業部で造られている。
ショールーム(銀座)にプリンターについての造詣のあるスタッフが居ないこと。
だから平気でスジの入ったプリントを出力見本として置いていた。
メーカーも担当部署の製品は詳しいが、担当が変わると自分のメーカーの製品。ましてプリンターとカメラと親密な関係があるのに、このメーカーの姿勢には呆れる。
プリンター自体は事務機からの派生なのか、以前よりこのメーカーのプリンターは、信用が置けなかった。でも今度こその期待を持って購入したらこの有様でした。
このプリンターを直して使うのか、新たに購入するのか思案中。
派遣切りが問題になったのも、このメーカーです。
根本的にこのメーカーの企業体質なのか?
カメラは評価高いが、理論的にかなり無理な設計がされている。
画素数重視で、そこから起きる問題をなおざりにされている。
実際にカメラ雑誌等でこの問題を取り上げられない。
それは書く側の人間に問題あるのか?
広告収入で賄われている雑誌で書ける分けないか。
話を変えて、今回の写真は何の関係の無い、数年前に年賀状で使用したもの。
コンセプトは写真作品の中に自分を入れることにより、その時代を覗き見ること。
カルチェ・ブレッソンの決定的瞬間。
決定的瞬間と言う言葉は有名ですが、この単語自体は、大学の時の教授の造語です。
日本で紹介する時に彼の作品のイメージを的確に表現する言葉が無かったから。
本人の言葉なので信憑性は?ですが、日本にブレッソンの写真を紹介したのは事実で、それは、色々な文献で確認できます。
この作品の解説は、芸術新潮(1999/6)特集・アーネスト・サトウの写真教室が面白いです。
感覚で捉えるところを、理論的に解説しています。
言葉で写真を観るのは好きでは無いが、方向性みたいなものを示してくれると自分の作品制作にも繋がる。
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Wカメラサービスに立寄りました。
銀座に行くと立寄る場所、カメラのお医者さんです。
この日の患者さんは水没したプラナーレンズ。
大病院では手術不可能な患者さんをHドクターが執刀中。
シャッターを開腹中、内部にかなりの水を含んでいます。
丁寧に水を取り除き、錆びの発生が認められる部品は磨きをかけ、
油を塗り、オペ時間も一日がかりとのこと。
でもドクターは手術の手をとめて、私のMロッコール28/2.8の具合を観てくれました。
ヘリコイドのグリス切れで、レンズのがたつきありました。
ドクターは注射器を撮りだし、Mロッコールのヘリコイドに、ちょっとチクリとしますよと言いながら(嘘です)
ついでに点検、清掃してもらいMロッコールは見事に回復。
またフラナーレンズのオペに戻っていきました。
(修理用語など不適切な文章をお許しください。)
ちなみに使用しているボデイはライカM8ですが、7、8本あるすべてのレンズがライカ製で無いです。
ミノルタ・キャノン・フォクトレンダーとコアな使い方しています。
一番のお気に入りはこのMロッコール28/2.8。
ほぼ付けたまま。
尊敬する写真家、リー・フリードランダーが来日の折、東京中のカメラ屋さんを探し歩いたと言う名品です。
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森山ワールド全開。写真観て、力、湧いてきます。
以前、NHK特集で放送していましたが、森山氏の撮影が早い。
数歩、歩く間にどれだけシャッターを切るのか、そこに何を感じシャッターを切っているのか解らない。
作品になると、その必然性が生命感を宿り、見る者を圧巻する。
再版で文庫サイズの「光と影」が売られていましたが、作品をキャビネサイズぐらいで見せるのは頂けない。
価格の問題でサイズが決められたのか、普及判の意味なのか。
写真集が売れない現状なので、森山氏には最低でも六切りサイズの写真で本を出して頂きたかった。
小説では文字サイズは、文庫でも影響が少ないと思う。手軽に持ち歩ける利便性に貢献すが、写真はサイズに影響される。文庫判で観る写真は何との寂しく感じるのは私、だけ。
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作業に掛かる前に、ネットや書籍で調べチャレンジ。
プリンターはキャノンピクサスIP8600、現行の機種と違い、グレーインクを搭載していないので、プリントは当然のごとき、色が転ぶ。
いろんな方法で、回避のテクニックが記載されているが、まずカラーデーターをモノクロ化してプリントのテクニックで、私みたいに初めから、モノクロモードで撮影を前提に書かれていない。
せっかく、モノクロで表現するなら初めからモノクロモードで撮影したい。
撮影は一期一会。デジタル時代でも、それなりの筋はとうした。
結論はグレーインク搭載器でなければ、相当難しく、グレーインク搭載器でも色転びがわずかでも起きているとのこと。
試行錯誤(一応しました)末、偶然にもあの懐かしの印画紙「月光」よりインクジェット出力用ソフトが無料でダウンロードできる。
本来は、顔料系インクジェットで推奨機種も決められ、自社製品の「月光」で最適化されるようにつくられている。
でも、このソフトを試したら、変な色転びが低減され、味わいに変わっていた。
最近のマイブームの再来「なんでも鑑定団」を観ていると、貧しい画家は絵具やキャンパスも買えずに色々な方法で作品を仕上げている。
写真家は少し遊び心が足らない。
当然、それなりの資本投資でそれなりの表現をする。
鑑賞する側もどうしても、技術に評価の対象に重きを置き、何が表現されているか汲み取ろうとはしない。
学生のころ、CHペーパーで制作した。このペーパーはベースが今の普通紙によく似ている。解像度も低くまさにインクジェットプリンターの普通紙で出力した、それである。
ともかく、プリント作業は終わった、フォトシアンのみ2回交換した。
ペーパーはマット紙を使用、それも安価な商材。
画家が拾ってきた、木片をキャンバスに見立て制作する気分。
これから人にみせるが、どんな言葉が返ってくるか楽しみです。
どこまで遊びを汲み取って貰えるか。
見る側のセンスか制作者のセンスか、発表する機会が決まりましたらお知らせします。
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先日、コメント記載があった、お蕎麦の話。
ここの一帯の名物は箸の代わりにネギを一本で蕎麦を食べるというもの。
蕎麦屋は何処でも、その蕎麦があると思いきや、ここの蕎麦屋にはそれがなかった。
たまたま、この蕎麦屋の一押しはそば粉を棒に巻いて、形づけ味噌を付けて焼くものだった。
結局、ネギ蕎麦は食べずに終わった。
決して、この店の蕎麦が不味かったとは言わない。
だから記念に蕎麦の写真。
ライカM8で蕎麦の写真は難しい。
撮影が真夏では、なんとも涼しそうな写真ですが、実際は東北の残雪残り、梅の季節。
ラムネを飲もうと思いません。手を水に入れると相当、冷たそう。
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写真を見る時に場所の記載が大きなキーワードになってしまい、見る側に余計な意識を与え、あえて今回は場所の明記をしていない。
同じく江戸時代の旧道をそのまま残している宿場です。
人や馬の通行するための道は自動車には、大変不便ですれ違いも出来ないぐらい。
近所に迂回路があるが、この宿場町はやはり時間が止まっていた。
観光に力いれるわけもなく、ずっと同じ暮らしをしている。
訪れる人が多いが、あくまでも通過点であり、周辺の有名な観光地に人が集まる。
この写真だけで、場所がわかる方、コメントください。
一応、撮影会等で有名な場所ではあるそうですが。
ちなみにこの時に泊まった宿は、映画「犬神家の一族」のロケに使われた、由緒正しい何か、えたいのしれない宿でした。
つげ義春ファンの私は旅は常々、こうあるべきだ。と思っている通りの宿でした。
寝ていると、隣りの部屋が宿屋夫婦の息子夫婦の部屋。
小学生ぐらいの子供の騒ぎ声をそれを叱る声。
後日、ごの宿より礼状がきたが、お連れの方に宜しくとあった。
断じて、この時は妻と行ったので余計な気遣いは御無用。
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東北の茅葺き屋根の家。
私の育った東京東部はまだ、田圃の畦道もあり、生家も茅葺きだった。
旧家であり、血族では無いにしろ何代もの喜怒哀楽を見て来た。
昭和でも裏庭で首を吊った者、それとは知らずに、この木の高さは木登りに適し、私の恰好の遊び道具であった。
祖父は戦前の東京オリンピック目当てで事業を興し、戦争でオリンピック計画も頓挫。祖父の事業も終焉を迎え、38歳で負債を残し心労で逝った。
父も貧しさの中で暮らし、32歳で結核で逝った。
家の離れは一時、結核の隔離部屋で使われていた。
後年は著名な工芸家に工房に近いと理由に貸し、戦時中の贅沢なご馳走と多くの人の来客があったと、祖母は不快そうに話していた。
食道楽の祖母は戦時中でろくな食べ物の無い時に、ご馳走は食べていた工芸家を羨ましく思っていた。
とにかく茅葺き屋根の私の意識は暗い闇の中のようで、常に寂しかった。
ただ広い畳の部屋で火鉢で冷たいしもやけの手を温めていた。
一度は火鉢の火が、着ている服に燃え移り危うく、命を落としかねた。
孤独さと寒さで、性格に暗い影を落としたのに違いない。
後年はいろんな人は家の縁側にやってきた。
近所の工場の職工さんが弁当を食べにきたり、毎日、酔っ払って来る伯父さん。
手にはブリキのおもちゃを携えて、また酒を飲み帰って行く。
菊の品評会用の菊作りに庭を貸していた。
時期になると、庭一面に菊の鉢が並び、食卓には菊の花の酢の物が並ぶようになる。
品評会が終わると、家で大勢で祝いをした。
当時はまだ珍しいご馳走が並び、毎年、秋のその時期を楽しみにしていた。
菊作りのおじさんは役所勤めの傍ら、菊作りに没頭していました。
風呂場は別棟の小屋にあり、夏休みは毎日、夕方は捲きで風呂焚きが日課だった。
ひと夏、私は落語のじゅげむを風呂焚きの合間に覚えることに終始した。
母から九九の暗記を命じらた時期と一緒に。
私にとって、暗い茅葺き屋根の家は毎日いろんな人が出入りしていた。
いまの生活では到底考えられない。
訪れた人には茅葺き屋根の家は安らぎだったのか?
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仕事柄、評価の決まった写真家の写真展に行きますが、今回は大学の後輩の写真展、それも面識のある程度。
新人写真家のコニカミノルタのフォトプレミオの企画展 植田修子写真展新人らしく写真に取組む姿勢は感じられる。
地方から東京に来て違和感を感じた作者が写真で、その感情を表現している。
キャプションをあえて、自分の現在の住まいからの距離を表わすことで、作者の思いが伝わってくる。
この様な方法論が新鮮に感じた。
ハッセルの正方形の構図も安定感あり、鑑賞していて安らぎを感じさせられる。
私はハッセルを所有したことが無く、縦、横を考えない画面構成は尊敬に値する。
写真家目指すなら、写真を売ることを考慮できないものか?
メーカー系のギャラリーでは作品を売ることを考えていない。今回の展示にあたり、作者はDMの他にインクジェットの出力プリントも用意して、来場者に配布している。
ペーパーにもこだわり、本来は無償ではなく、購入に値するものであり今後の制作者の評価にも繋がると思うのが、残念です。
冒頭の写真は植田氏に何の関係も無い、我が家のハナミズキです。
昨年植えたものなので、実際に花が咲いたのを初めて見ました。
ハナミズキは歌の題名のもなり、花の名前を知っていても実際の花を観たことの少ない花だと思います。
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洋裁店営んでいたので工業用足ふみミシン。
もう50年は経っているかとおもうが、作動に一切問題なく動く。
形も曲線が何ともエロスを感じさせる完成度の高いデザインです。
それと比較すると今のデジタルカメラの完成度の低さに呆れる。
カメラをライカM8に換えた。
確かにライカらしさがあり、操作性も悪くない。画質も満足出来るレベルにあると思うが、フィルター、フェイスコードと購入後のユ-ザーの手を煩わせる。
手の掛かる子供はかわいいと言うが、ここ2週間程、手持ちのレンズに6ビットコードをルーターで彫り込んだり、手が掛かった。
フィルターを購入するのも、製造元の宮本製作所まで足をはこんだ。
でも、そこは足を運ぶ価値のある所だった。
立派な職人が製品を知りつくし製造していた。ニコン、キャノン等の大メーカーも昔はこんな感じで製品を作っていたから、名器が生まれたと思う。
今日のシステムは職人より人手と考えて、要らなくなると平気で捨てる。
製品も使い捨て。ライカM8もどの位、現役で使えるのか。当然、バッテリーで動くので、バッテリーの供給が終われば動かない。
戦前のライカもメンテナンスされて入れば使える。
母のミシンも使える。
現在の製品は本当に耐久性を無視している。
最後に宮本製作所さんには一時間ほど、お邪魔してお仕事のお手を休ませてしまいましたが、3代目の造詣の深さには恐れ入りました。
また、近々お邪魔して、フィルターとマウントアダプター購入しようと思う。
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ほぼ10年ぶりぐらいです。東京の正反対に暮らしているので、新宿が凄く、縁遠い。
独身時代は結構、この町を徘徊して土地勘はあるんですが、今回は大江戸線と副都心線の開通で地下街がとてのきれいになっていました。
お約束の桂花の太肉麺食べに、油で滑る細いらせん階段で2階のカウンターで堪能しました。昔は店に入ったとたん、獣臭さでへきへきしたのですが、今回は臭い無く、これも少し小奇麗になったのか? 相変わらず、階段は滑りますが、味は依然に比べインパクト減った感じ、生キャベツが変に細かくちぎられ、昔の無造作に麺の上に乗っていた生キャベツのどうだ、俺は生だと主張無く、本当に太肉麺て感じ。少しお上品になっのか。
実は新宿はエプサイトの森永純の河の写真を観に行ったのですが、エプサイトの場所を勘違いして分らず帰宅。事前に確認していなかった。
新宿に行く前に竹橋の近代美術館の「光のフィールドノート」高梨豊を観た。
前回来たのがアンリ・カルチェ・ブレッソンだったので、今回の企画も回顧展の様子、それこそデビュー作から近作まで一同に観られ、楽しいのは楽しいですが、この作家、結構引出あるので、一同に見せられるよりある程度、グループごとの作品展のほうが違和感無く、鑑賞出来たような気がする。
高梨氏の作品については評価が決まっているのでここでは言及しませんが、今、私が撮ろうとしていることがすでに作品として発表されていました。
写真と言う表現手段だと、自ずと似通ってくるのか、この作家に学生の時より影響受けているので、自然に頭の片隅に何かが埋め込まれ、同じイメージを追ってしまうのか?
当然、彼には近づけず模倣で終わり。
気になったのが、協力にキャノン。以前、何処かで観た町シリーズの大判カメラで撮影されてものはもう少し、細部の描写あったような気がするが、今回は暗部のつぶれが気になった、まさかのキャノンのインクジェットプリンター。時代がデジタルだから仕方無い。
キャノンサロンで開催なら理解できるが、美術館で有料で出力プリントはいかがなものか?
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昨今、小林伸一郎の写真が丸田祥三の写真と酷似している問題で一般誌にも取上げられて、話題になっている。
昔、白川議員の写真をマッド・アマノがパロッタと白川氏は法廷で、如何に大変な撮影で誕生した作品を冒とくされてと涙ながらに訴えた。この方は撮影の意気込みが、並み外れているため、余程、悔しさ、屈辱感は大変なものだと思う。
今回も丸田氏の撮影者が撮影地を発見、作品レベルまで昇華させている。
誰もが同じ場所に立ってシャッター切ると同じ写真に成らない。やはり作品と呼べるものを仕上げることは、感性以外の何物でもない。
小林伸一郎氏が後追いの形になってしまい、今回の騒動に繋がったが、困ったことに小林氏も作品レベルに仕上がり、賞まで取って仕舞ったので収拾が付かない。
私は両者の作品は素晴らしいと思う。丸田氏と小林氏と共存出来ないであろうか。
鑑賞者の判断で了解頂く訳には行かないのであろうか。
丸田氏の作品制作の苦労、思いが強ければ当然、納得はしない思うが、もう少し成り行きを見届けたい。
上記の写真は、私の恐山の作品。
下記は北井一夫の村への写真集。
なぜ比べたか、私は北井一夫フリークである。
田舎、お婆さん、少女、恐山、画面中央に人を立たせる構図。
北井ワールドのオンパレードの作品である。
恐山の写真も数多撮られているが、後年、鈴木理策の恐山を私の写真は酷似している。
但し、私は作品として発表していない、数点、雑誌とグループ展に出したが。
昔、報道写真家の桑原史成が筑豊の炭坑に撮影に行き、そこの少女の写真を撮ったが、数ヶ月後、彼が驚いたのが、土門拳が「筑豊のこどもたち」を発表し、その中に、桑原が撮った少女が、代表作として載っていたこと。
後日談は分からないが、再び、桑原は筑豊に行き、水俣にも行き、作品を残している。
この本は写真のイメージをグループごとにまとめた、大変興味深い本です。
作品をイメージごとにデーターベース化した、如何に同じイメージの作品の多いことか。
名所、旧跡で撮られた写真で似てれば、あたり前だが、年代、場所も全然違う処で、同じイメージの作品が見受けられる。
「複製技術時代の芸術作品」と言う本があるが、まさにこの言葉以上の言葉は写真作品に当てはまる言葉は無いかも知れない。
まして、影響を与えたくれた作家の作品に近づこうと孤軍奮闘する。
当然、オリジナルには辿り付けないが、それにしても一番、驚きを憶えるのが広告写真のオリジナル性である。
広告写真は集団制作のためアートデレクターが居て、写真家がいて、クライアントも居て、各自の意見の集約で制作される。
誰かが、この写真イメージに合うからとどこからか持ってきて、写真家はその通りに制作している。それも寸分違わないものがあるのが、呆れる。ましてそれが著名な写真家だから、始末に負えない。
今回の騒動の行方はこれからだから、何とも言えないが、写真と言う一つの表現手段と作者のモラルの問題を避けられない。
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目的は、プリンターズ展を観に赤レンガ倉庫です。
プリンターズ?と思う人。
プロの写真家がいて、プロのプリントマンがいる。
その人達の集まりに日本プリンター協会があり、その写真展。
カルチェ・ブレッソンにピエール・ガスマンというプリンターがいるように、作家の写真プリントを焼く人。失礼ながら、町の写真屋さんと違います。一番の違いは写真家の納得の行くプリントをしてくれる人。または写真家の考え以上の写真をプリントしてくれる人。その分、料金も当然高くなります。
写真のプリントは自分でもできます。今は諸問題で難しく成りましたが、でも毎日ネガと向き合っている彼らには、敵いません。それと本物の写真プリントを観る機会減ったため、骨董と同じで本物観ないと理解出来ません。
実際、写真家自身のプリントも酷い物が当然あります。特にデジタル化で顕著な傾向に成りつつあります。
市販のプリンター(紛らわしいがこちら機械の方)でそこそこのものが出来てしまう。人には色々考え方あるので、どう考えるかは各自の判断で、ただ一度、気に行ったネガが在ったら彼らに依頼してみよう。きっと新発見があると思う。
写真展は、毎回そうだが、課題ネガがありそれを各プリンターがプリント制作する。
課題ネガは写真家の永嶋勝美氏、アナログ、デジタル両方に造詣が深い。理論武装の出来た方で、余程、プリンターの方も手こずったと思う。
作品もフランスや、この写真展のために横浜撮りおろし。人柄が出ていて大変良い写真です。
当然、プリンターの解釈が入るので同じ写真でもイメージが違う。これはやはり会場でご覧ください。1月18日までです。
写真家も撮影を生業にしているので、そのプリントをする彼らも真剣勝負です。
興味のある方は、日本プリンターズ協会へ。
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今日は東大病院の診察日、病名は「チームバチスタの栄光」の桐生恭一 と同じ病気。(テレビの方、映画は違う病気)
結構、病気って自慢したくなる。まして、小説の主人公と同じ病気で、重要な要素である。
この病気は手術で改善することが可能なのに、その疑問を担当医に質問してみた。
なぜ、小説の主人公は手術を受けないのか?
担当医の説明だと特殊な病気なので専門性高いので、作家が医者でも解らないのではないかとの話。
この病気の特徴は目にきます。私も4年間、不自由しました。目が良く見えない。気がついたのが、ファインダーを覗いてピント合わせが出来ない。
所詮、今のカメラ、ファインダーでなく、モニターだし、下手に見ながら撮るとあれこれ考えてつまらない写真になるし。
でも、おかげ様で現在は視力回復、だから写真がつまらない、高尾のウクレレおじさん、仙台の寺尾聡もどきさん、納得しないでください。これも試行錯誤。
作家は作風です。決してカメラテストしているのではありません。
ウクレレおじさん、メールアドレス送ってください。はるさんは別の人、やはりメールアドレス送ってください。パソコン逝かれて、メアドもすべて、写真も逝ってしまいました。私に関わりある方、メールください。
次の検査で久々にMRI受けます。写真に関係ないけど画像ですので許してください。
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今年の目標、個展開催。
どんな写真撮るのか、コンセプト?
フォトショップも使えないのに、デジタルで行う。
高尾のウクレレおじさんこの人、スーパー会社員、趣味と仕事の区別無い、カメラおじさん。
お嬢さんも我が後輩で大学に見切り付け、海外で評価受け、HPも英語版のみ、第2の野口理佳になるかも、今の内、作品買い溜めしておけば、10年後一財産。
この時期、へたな資産運用やるより絶対お勧め。日本のアートシーンも変化しているし(初夢)
業務連絡、はるさん連絡ください。パソコン壊れて買換えしたら、メアドが不明に色々相談あるので一報ください。
今日はヤフオクで2冊の写真集競り合っています。70年代に活躍した写真家ですが、3.40代でお亡くなりになり、すっかり世間から忘れられた作家です。細かく書くと、ライバル増えるのでここまで。
もう一人は現役の作家で知名度が低いのか、100円からのスタートです。本の状態が余程悪いのか、検討付きませんが。
それにしてもヤフオクのアート写真集、値段の付け方意味不明です。それと入札0で終了の場合が余りに多すぎる。
入札のある作家は10人居るかな、20人がせめてかな?森山、荒木、東松、川田、植田、それも過去の写真集、日本で写真プリント事体に価値を見いだせず、写真集と印刷された物に価値が求められて今はとても高額で手が出せない物が競りあう。
あとの作家の作品集は入札無し、各自の興味あるテーマだと、作家では無く入札あるが、とても安価。
そう言えば、数年前の東京都写真美術館で年間で一番入場者あったのが、鉄道写真の写真展、私も行きましたが、海外、国内とも作品は圧巻でしたが、何か寂しさを感じるのは私だけ(ピン芸人のパクリ)
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日本の代表されるアート、海外で高い評価を受けているのが、浮世絵、春画である。
日本の写真家がこの伝統文化になぜ、もっととりくまなかったのか、時代が許さなかった。
猥褻の一言で片づけられてしまった。
ひっそりと、世間の目を盗み制作されたそれは、アートには成り得なかった。
逆にアート志向強く、制作されていたらこの手の、卑猥さが水で薄められてしまう。
荒木経惟は初めから、卑猥=アートで制作されている。
感性の問題なのか、私がこの本を手に入れ30年経っているが中はよく見ていない。
一時、引っ越しの折、捨てて仕舞おうと思った。
女性の写真は篠山紀信、GOROの激写シリーズのほうが単純に女性の好みが合っていた。
まだ幼い大学生に荒木の女性は早すぎた。
荒木の女性写真はある程度の人生経験を積まないと受け付けられない。
当時、荒木は警察より,猥褻で取調べ受けた時、担当のトップは当時、警察官僚の衆議院の平沢勝栄先生である。
その後、議員に立候補する時のポスター撮影は荒木経惟に依頼している。
この先生のアートの見る目が有るのか、無いのか、恐れ入る。たびたびテレビに登場するがパフォーマンス多過ぎ。
個人的には、荒木経惟の風景写真が好きだ、でも陽子氏を失ってからの風景写真はあまりにも寂しすぎる。
それにしても、日本のヌード写真に傑作と呼ばれるものが有るのか、知っている方いれば教えて頂きたい。
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オリジナルプリントイコールアート写真。
アナログイコールアート写真。
現実、将来、ここまでデジタルが浸透し、アナログのすべての環境が衰退して行くなか、デジタルは当然避けて通れない。
アンセル・アダムスが、あのゾーンシステムのアダムスが、フォトショップがあの時代にあったら積極的に使っていただろうと、ある人から聞いた。
私の知る限り、何人かはアンセル・アダムスのプリント(写真)を観て、この人を越えられ無いと、写真家の道を断念した話を聞いたことがある。その方々も、デジタル出力されたプリントを認めざる負えない状況になってきた。
先日、PGI で開催された川田喜久治の個展はエプソンのインクジェットプリントだった。
作品の素晴らしさにプリントはアナログかデジタルかは最早、関係無くなっていた。
私でも手にはいる市販品のインクジェットプリンターで、ここまで使いこなせれば、現在のゾーンシステムである。
デジタル創世記に著名な写真家のデジタル機材は市販品で無く、メーカーで特別にカスタマイズされ、提供されていた物があった。撮影データーに騙されて購入した方、多いと思います。
現在はメーカー側も業績低迷で、写真家に特別待遇しなくなりました。
川田喜久治は銀一で普通に売られている物で、あそこまでの表現を出来る事に脱帽せずにはいられない。
ただ、現状はまだアナログプリントはアート写真のマーケットではあたり前で、デジタルプリント作品の価格は低い。耐久性に問題あり、メーカーの100年プリントインクはあくまでも実験室でのデーター。
アナログプリントは、銀(ゼラチンシルバープリント)ですよ。年数重ねると、金属特有の質感感じられとても美しいです。
インクジットプリントは、年数重ねるとどうなるのか、30年後が楽しみです。
写真と印刷違いますから。
デジタルプリントで作品が正当に評価され価格に反映せれる時代も、そう遠くでは無いと思うが。
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パソコンのHD破損、仕事の多忙言い訳はたくさんあります。
でも、写真の事、忘れた訳ではありません。
ちゃんとファインアートフォトグラファー講座なるものも受講してきました。結構、有意義です。
アート写真、目指して精進するつもりですが、何分怠け者で気長に行くつもりです。講師の話だと10年単位のスパンです。
話、がらっと変えて、横浜に行ってきました。
過去、訪れた横浜と違い、土曜にかかわらずに中華街はすごい人出です。軒並み、店の前は順番待ちの行列です。中華街自体も昔より店の数が増え、地域も広がり、バイキング形式店が目立ちます。
私のこの日の目的は横浜在住の押木信雄氏と昼食を共にすること。
彼が共著で「デジタルで表現するモノクロームの世界」日本カメラ社を上梓したので原稿料でご馳走になりました。
その店は少し中華街より外れた所にあり、お客さん一人もいない。結局、その店に2時間いたが、その間、お客さん来ない。私たちの貸切状態。味も申し分ないし、ご馳走になって申し訳ないが、値段も安い。ただ残念なところ、場所と店名を憶えていない。
現実問題、写真の楽しみ方色々ありますが、アナログで行う場合の難しさ、デジタルのこれからの可能性を考えさせられる、とてもよい本です。
内容も失礼ながら難しく無いです。とかくこの手の書籍はどのレベルの人を対象に書かれているのか解らない位、難解に書かれています。
現場の人間だから書ける本だと思います。ちなみ私のプリントをしてくれた、荒 和彦氏も係わっているので、ぜひお求めください。
食事も終わり、山下公園に行った頃はもう日が落ちる寸前、その中に一歩ずつ、足を進めるホームレス。不景気が新聞、テレビで騒がれる中、中華街では不景気を感じさせない人出。
何が現実の日本なのか?
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写真って、だんだん難しくなっている。
写真を撮る行為。
許せないのが、携帯電話。
携帯電話のカメラで街中で女性のお尻を撮っていた男性に有罪判決のニュース流れた。
猥褻で捕まったのか、判断の基準理解出来ない。
私などは女性の後ろ姿に凄く魅力感じるし、想像力も豊かになる。
そう言えば、私も千代田線の車内で撮影したら、盗撮扱いでパトカーで荒川署に連行され、刑事3人に取り調べ受けたっけ、
たまたま、神田の古本屋の帰りだったので、購入した写真集を見せ、この写真は立派な猥褻と力説した覚えあります。
結局、相手が猥褻に感じるかどうかで決まる事。写真撮るのは自己責任。
海外で荒木経維が受けるのも、彼の地では荒木ほど開放的にヌードが撮れない為に受け入れられるとか、
ヌードはどうしても造形美みたいな表現になってしまい、荒木の様な作品が好まれるとか。
昔、シャンプーのCMで街中で後ろ姿の女性に「後ろ姿の素敵なあなた」とあったが、今だったら、猥褻の範疇になるのか?
当然、後ろ姿は全身で判断するし、お尻だって、足だって、時には、髪の毛にも猥褻感じるし、いっそデアドルフの11×14で、お尻のアップでも撮ろうか。
六本木の田村写真の田村政実氏の写真機、勝手にいじって記念写真撮りました。
港区六本木
エプソンR-D1s+Mロッコール28/2.8
早川由起子さん撮影、手ぶれしてます。
彼女もヌード写真撮っています。古典技法にも造詣深いので、今のうち、彼女の作品を購入しましょう。今がお買い得。
ただ、普通のヌード写真は買わないこと。
何故か、壁に飾れない。鑑賞出来ない。コレクションとして成立しづらい。
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特別、理由があって初めて訳でもなく、時間に余裕でき開設した。
開設当時は張り切って、毎日更新目指したが、急に心の余裕なく、撮影の機会なく、ここ最近は自宅の窓からの写真で終わっている。
さて、今日はついに我が家の内階段の写真です。
日中は気持ち良く日が入り、何となく、座って考え事している。
それで、自分の写真の師匠は誰か、考察してみた。
日本大学の原直久助手(現在教授)
東京でも東部の田舎青年に写真って、何か、強烈なインパクト与えて頂いた。
彼は雄一、写真学科の教員で写真家としてPGIで作品が売られている。
他の教員で写真家として作品自体、売買されたり、美術館に作品がコレクションされている教員がいるのか、写真をファインアートを捉えた時に、疑問に思う。
東京藝術大学が鈴木理策氏を准教授に迎えたのと大きな違いがある。
一度だけ、彼に作品の印象を述べられた事が今だ記憶にある。
「日本人に無い感性」と一言、普通、撮影しないであろう被写体に目を向けていた。私は褒め言葉と理解し、その目が現在まで続いている。
ゼミのM教授、当時の写真界の大ボス、彼のどこを評価するのか理解に苦しむ。彼は写真家で無く、政治家だったと思う。古い言葉でマッチポンプ。彼の講義内容は雑談でしかなく、誤認の箇所も多かった。決して尊敬に値する人物で無かった。師匠と呼べる人物で無く、多くの才能を潰して逝った。潰された人間はその程度だったのか。
めぐりあわせで人生分からない。
名前を明記すると、彼のシンパから命を狙われかねない(半分、本気)
大辻清司、彼は写真教育者として、ご教授、願いたかった。
当時、アサヒカメラの連載はとても興味深く読んだ。一度でも直に講義を受けたかった。今だったらコンタクト取り、直接会おうと努力したと思うが、18歳の田舎青年にその考えは浮かばなかった。最後は筑波大で教育者を終えているが、今日に多くの写真家を生んでいる。
昨年の松涛美術館の作品展はとても良かった。この時期に彼を扱った学芸員に脱帽する。
友人の写真家が仕事で彼のアトリエを撮影した話を聞いたが宝の山だったとのこと。
とても羨ましく聞いた。
そんなところで、今回は大辻清司を自分なりに意識して撮影してみた。
葛飾区小菅
エプソンR-D1s+Mロッコール28/2.8
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ソフトの取扱いわからず、朝日の色出せず、許してください。
事情あり、2週間程撮影の機会無く、我が家からの朝日になりました。
でも今日は雨、2日前の撮影です。
前回は我が家から眺めた東京拘置所だったと、突っ込み入れられても、申し開き出来ません。
引きこもり写真家に改称します。
宣伝、日本カメラ11月号に「夢の街1977」作品掲載しています。私の写真の原点で、撮影スタイルもたぶん変わっていないと思います。興味有りましたら購入ください。
突然ですが、深瀬昌久氏の「鴉」復刻版購入してしまいました。1万円もしたのは正直痛いですが、以前、このプログに彼を取上げたので購入しない訳には行きません。
彼の作品の孤独感、共鳴する部分多く、復帰を強く望みます。
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実はお引越しでした。
新築、5階建て、賃貸併用住宅
眺めが結構良いが、如何せん、
この建造物が以外に近いのである。
今日、この写真を撮ったのは,かつてここの住人だった、三浦和義が、自殺したニュースを耳にしたからである。
当時の建物は取り壊されて現在の東京拘置所である。
かつて尊敬する写真家、宮嶋茂樹氏が麻原をスクープした場所も無くなっている。
ただ、今だショウコーはこの建物のどこかにいる。
ちなみに死刑執行もここの何処かで行われている。
死刑反対論者で無いが、実際にまじかで起きていると考えさせられる。
それにしても近すぎる。実際は両側が川に挟まれ、拘置所の一帯は孤島の様な、世間から一線引いている。
しかし、この地域にも住民がいるために、新しく道路建設をしている。
東京都葛飾区小菅
ニコンD80 18-200/3.5-5.6
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飯の種のため、そちらに忙殺され余裕無かったのと、突然の激しい雨など、天候不順で必要最低限度の外出しかしなかった。
建築家とこの夏は終わった。
写真家との付き合いはあるが、建築家とクライアントして、初めてであり、かなり面食らった。
職業写真家は職業なので、如何にお客様に満足して、頂くか日夜精進している。
私は接した建築家は自分の作品意識が強く、お客をパトロン意識で、クライアントでありと言うことを理解していなかった。
多かれ少なかれ、現場の職人に接すると建築家と施工する立場の職人との意見の相違多いとのこと。
同じ人種なので共通点多いのは理解できるが、クライアントとして接した場合、一冊、本が書けそうな気になった。
写真家同様、師匠が誰か、物言う世界。
写真家のアシスタントから境遇、相談受けるが、建築家のアシスタントの境遇と比べて見ると、自分が如何に幸福か分かりますよ。
写真家と建築家、どちらの道程が大変か、その道で名を成して行く事が如何に大変か、痛感した暑い夏だった。
ちょっとトマソン風な写真。
葛飾区小菅 エプソンR-D1s+ウルトラワイドヘリアー12/4.5
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報道班員の役で加山雄三が、新聞で戦場の悲惨さを訴えようとして、懲罰召集に遭う場面があった。
私の恩師も報道班員として中国に赴いた話を聞いたことがあった。
彼はある歴史的現場に遭遇し、その事を話してくれたが、あまりにも衝撃的な話なので、この場では語れない。
それは私たちの教えられている事、事態を否定していた。
ただ、彼は報道班員のカメラマンとしてその歴史の舞台に身を置いていた。
彼も今年3月、90代で死去した。
彼の教え子の一人に一ノ瀬泰造がいる。
残念ながら、年若くしてして戦場で亡くなったことが悔やまれる。
戦争はカメラマンに地位と名声を与えると聞いたことあるが、たしかにコンバットカメラマンに著名な方多い。
ただカメラマンの使命で現場に身を置く、それがたまたま戦場で、そこにある現実があまりに、衝撃的な現場だったので、結果、人々の目に触れて名声を手にした。
しかし残念だったのはその代償は自分の命だった。
一ノ瀬泰造の作品は戦場での写真もさることながら、彼と親交のあった現地の人々のスナップ写真に感動憶える作品多い。彼の優しさ、戦場の悲惨さがそうさせたのか、戦争知らない私にはわからない。
足立区鐘淵 エプソンR-D1s+ウルトラワイドヘリアー12/4.5
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荒木経惟氏の妻、陽子。
深瀬昌久氏の妻、洋子。
もう一人は思い出せないが、彼女達は写真家の格好の被写体となり、写真家そのものを写し出した。
荒木経惟氏の妻、陽子はすでに他界。
深瀬昌久氏の妻、洋子は写真家の被写体であったことに耐え切れず離婚した。
荒木経惟氏は妻の死を乗り越え、次なる表現に繋がった。
深瀬昌久氏は色々な写真表現に挑み鴉、北海道の実家の写真館で撮られたヌード、自分の入浴中のブクブクなど強烈なイメージとの戦いをしていた。
残念はことに平成4年に新宿ゴールデン街の酒場の階段で転倒、脳挫傷で重度の障害を負った。
この場所は彼が療養していた場所で現在の様子がわからない。
中平卓馬のごとき、いつか復活し、イメージの世界に戦いを挑んで欲しい。
足立区鐘淵
エプソンR-D1s+ウルトラワイドヘリアー12/4.5
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富山治夫の現代語感と言う写真集の中に、安全地帯と言う作品がある。
狭いバス乗り場に所狭く集まっている人々。視線は皆、カメラに何かを訴える様なイメージである。
今の日本は色々は規制あり、ある意味、息が詰まる。
写真を撮るにしても、肖像権、プライバシーと色々厄介であり、私も盗撮の疑いかけられ、パトカーに乗せられ、警察署で刑事3人に取り調べ受けたことがある。
こちらも主張すべき事は述べ、警察側も時代が変わり各自が肖像権など過剰に反応し、こちらも表現の自由を主張すべきは主張し、写真本来の表現方法のスナップ写真が盗撮と同等に扱われない様にしなければならない。
平成版、現代語感を作成するとどうなるか大変興味深い。
江東区錦糸町 エプソンR-D1s+Mロッコール28/2.8
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暑さでへそまげているのか、対処方も不明。
昨日の新聞に全日写連のモノクロコンテストの写真出てたけど、今時、モノクロで写真、無理。
案の定、インクジェット出力の作品多かったみたい。
写真愛好家がモノクロ写真見ようとしても、PGIあたりに行ってファインプリント見てから考えましょう。
色の無い世界、濃淡の諧調だけで表現。とてもシュールな世界ですばらしいです。
ただPGIあたりもインクジェットの作品取り扱うようになったみたいで時代感じますが。
昔はよくデパートの催事場で海外の著名な写真家の有料の写真展多く、直接ファインプリントに触れる機会多かった。
池袋の西武美術館のリチャード・アベドン展、ダイアン・アーバス展。もう一度みたいです。
どなたか規模小さくても企画してくれませんか。
ちなみにその時のカメラ毎日にリチャード・アベドンの講演会の会場の写真の中に学生のときの小生の姿あります。
その前にまともなフィルム、印画紙をメーカーさん造ってください。
今回の写真、モノクロにしてみましたがモニターでモノクロ写真見るのも邪道。ペーパーに焼き付けて初めて真価問われるのに。
足立区千住 エプソンR-D1s+Mロッコール28/2.8
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毎日、暑い日が続きうんざりする。
そもそも写真の道に進んだのは高校3年の夏、予備校帰りに寄った。それまでは漠然と
文学部志望だった。新宿伊勢丹の古書市で、北井一夫「三里塚」を買ったことだ。
少しだけ左よりのノンポリ高校生には北井一夫の映像は新鮮だった。闘争に生活を表現した写真に感動し、彼の母校
、日大芸術学部写真学科に進学した。
ただ大学は、日大闘争の後で創造意欲掻き立てる教師無く、当時、文芸学科教授だった三浦朱門の「さらば日本大学」を読むと、教師は学生に恐怖を抱いていたと読み取れる。
この時代の大学教員は学生にどう向き合っていたら良いのか、模索している時代だった気がする。
関東軍の人たち、今、何していますか?
葛飾区小菅 エプソンR-D1s+Mロッコール28/2.8
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もし、近代写真の巨匠、アンデル・アダムスが葛飾区に住んでいたら、たぶん8×10のカ
メラで撮影したであろう。
現代の私はデジカメで表面だけのテクスチャーを捉えてみた。
アンセル様、ごめんなさい。あなたのお名前を汚してしまい。
でも、あなたのオリジナルプリントに始めてふれた時、写真表現の真髄感じました。
現代、あなたが求めようとする事象はフィルム、印画紙の品質低下の問題等でプラチナプリントなどで追求しようとしています。
私などは資金面などでフィルムで撮影など贅沢な時代になってしまいました。
オリジナルプリントを見たことが無い、写真愛好家、たくさんいます。
携帯で写真の撮れる時代にアンセル様、ご存命だったら心中お察し申し上げます。
足立区関屋 エプソンR-D1s スーパーワイドヘリアー15/4.5
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で過ごしました。
今年は地震多く、宿泊の時、親
切にして頂いた、はとバスガイド
志望だった仲居さん。心配で
す。あの時はご親切にして頂
き、大変楽しい旅をさせて頂き
ました。
今年は、懐具合寂しく、近所の銭湯で済ませます。風情無いですが。
葛飾区、堀切。 スナップの達人、横木安良夫氏がワンダーランドと表した所です。
皆さんも谷根千ばかりに下町を求めないでください。ただ横木氏並の感性を持ち合せて
いれば、結構、絵になる所です。けれど今の時代、カメラ持って街中うろうろ歩いていると
不審者扱いされます。
エプソン R-D1s+Mロッコール28/2.8使用
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本日、開設しました。
日々の散歩の途中に気になった風景を中心に写真、食べ物、その他、掲載していきます。
初回は葛飾区、立石で撮影した写真です。
この日の目的は、知る人ぞ知る、栄寿司で、寿司をつまむこと。ちなみに立ち食いです。
江戸っ子はさっと、つまんでさっと帰る。これが江戸前寿司の骨頂です。当然、アルコー
ルも入っています。昼間から労働者の皆さんゴメンナサイ。
この前日「13人の写真家」と言う1955年制作された記録映画。監督、勅使河原宏。
を見せられました。当時第一線で活躍中の、大竹省二、秋山庄太郎、渡辺義雄など
の撮影風景、インタビューで構成されたおり、当時の写真家の様子大変、興味深いもの
です。カメラ、照明機材等。何より写真家そのものが輝いて見えます。まだ写真は特別な
もので、誰でも撮れる時代で無く、機材も高価でそれを自在に使いこなし、人気の女優な
私、個人は木村伊兵衛の撮影
スタイルにいたく感動覚えまし
た。通称、居合い切りと呼ばれ
た、すれ違いざまにシャッターを
切る。撮影された本人は今、撮
られたことに気づかずに木村氏
のフィルムに焼き付けられる。
まさに木村式写真術で撮っていました。どこまで木村氏に近づけたか。
レンズは約60年前のキャノン50/3.5沈胴式レンズ使用してみました。
こらからもこの様な感じで、気ままに行きますので宜しくお願いいたします。
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